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中国反日デモについて・・・・・・その②

 2005年に起きた反日デモが今回の反日デモと似ていると前述したが、この時の赤坂春和氏の原因分析が今回の反日デモを分析するうえで非常に役立つ。 (歴史認識問題)
  中国側の反日感情の背景には日中二国間に存在する諸問題が考えられる。中でも最も深刻なのが歴史認識問題である。「一般の中国人は、日本人は歴史を直視せず,過去の過ちを悔い改めない国民である。]と認識している。 私は、これにはたくさんの誤解があると思っている。(2005年、世界6月号赤坂春和氏の論文より)       私が高校教師になっての最初の赴任先は花岡工業高校(現大館工業高校)であった。花岡、では、戦中、花岡事件とよばれる事件があった。中国人捕虜虐待に耐えかねて中国人が蜂起した大事件があり、多くの捕虜が死亡た。 戦後花岡では、地域の方々が参加し亡くなった方々の供養祭を行い、戦争によって二度とこのようなことが起こらないよう不戦の誓いをし、中国人の捕虜の方々も時々参加してきた。残念ながら最後の生き残りの中国の方も最近なくなられた。このように日本国民は決して過去の過ちを反省しない民族ではない。
 もちろん、恥ずかしながら反省しない人もいることはたしかであるが・・・・・・。
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中国反日デモについて・・・・・その①

 つい先日まで中国反日デモの嵐が中国を席巻していた。私はこの報道を聞いて[あれっ、前にも同じようなことがあったな」と思い、本を調べていたら2005年の[世界](岩波書店)の6月号に掲載された赤坂春和氏の論文につきあたった。その時の記事の前段の部分をのせてみたいと思う。今の状況と当時の状況が全く同じあることに気づく。
 「国民感情の臨界点」
 日中関係が危ない。日中両国民の相手国に関する悪感情が臨界点を超え始めているのだ。4月に入り、週末ごとに中国各地で大規模な反日デモが展開され[日本製品ボイコット」、[日本常任理事国反対」を訴えただけでなく、その一部は暴徒化し、日本大使館や日系企業、日本料理店を襲い、破壊活動を行った。動員数が万に上る反日規模もさることながら、日本大使館に投石する若者や其れに加勢する小学生、さらにはそうした違法行為を目の当たりにしていっこうに阻止しようとしない警察官・・・・・こうした映像が次々と映像番組を通じて日本のお茶の間に流された。この光景を目の当たりにした多くの日本国民は大きなショックを受けるとともにやり場のない憤りを感じた。
 こうした国民感情を背景に、日本政府は即座に中国政府に対して抗議を行い、正式な謝罪、ガラス破損など損害の補償、再発防止を要求したが中国側はこれに応ぜず、むしろ中国外交部スポークスマンが[現在の局面は、中国側に責任はない」と発言したため、火に油を注ぐ状況となった。17日訪中した町村外相は李肇星外交部長に対して、同様の申し入れをおこなったが中国側の対応は変わるところはなかった。
  ここまで見ると今の状況まったくかわらないことにきがつく。
次のその②では赤坂氏の原因分析を書き今後の参考にしていくと同時に、仙北市西木町出身の作家西木正明が一昨日秋田魁に書いた[相手の立場忖度と民主主義」と「何でも見てやろう」の作家小田実氏の夫人玄順恵(ヒョンスンヒエ)の書いた「私の祖国は世界です」に触れ今回の件の参考にし、このことについて考えていきたい。

陸羽地震のこと。狐崎長琅(秋田大名誉教授、地球物理地震専攻)からのメール

地震の発生の可能性を考えるとき、まず過去の履歴を参考にする。仙北市付近で重要なのは陸羽地震(1896/8/31M7.2)
)である。この地震は六郷付近に被害が集中し、断層も出現した。それは、白岩付近で一旦途絶え、生保内付近に現れた。この地震はその2カ月前に現れた明治三陸地震津波(1896/6/15M8.5)の誘発地震とみられている。
 しかし、その時は今回の逆傾向で、東西圧縮による逆断層で奥羽山脈は、隆起した。断層が出現しなかった抱き返り付近は壊れのこりの領域で、ここに地震発生の可能性が潜在しているかもしれない。
 その後、大仙市付近で秋田仙北地震(1914 M7.1)もあった。古く遡ると謎の地震(1423)伝承に遭遇する。
これが史実なら震源は本荘ではなく、明らかに西明寺付近であり、当面の注目域と無縁ではない。
 現在の地震は本番前の前地震かもしれないが、判別の手立てはない。他の前兆を伴うと予測の可能性も高まるが一般的にはそれも期待し難い。被害をもたらす地震は、実際上方々でふいにおきている。

最近よく起こる仙北市内陸部の地震について・・・・その1

最近どーんという直下型の地震がよくおこります。これについていろいろな憶測が飛んでいます。
 私のすぐ上の兄は地震が専門の研究者で現在秋田大学の名誉教授です。3月12日の今回の東北の地震が発生した時に兄に秋田県の内陸部でも陸羽地震のような地震が起こる可能性あるかどうかを電話したところ、[私は、地震の研究者だが地震学はわからないことだらけだ。今一番心配しているのは、1997年に石橋さんが発表した浜岡原発についての論文のように福島原発が水蒸気爆発を起こし、原子炉が炉心溶融にならないかを心配している。これが起こったら復興は相当遅れるだろうと思う。そうならないように祈りながら福島原発に注目している。今秋田県内陸部の地震について答える余裕がない。いずれ気持が落ち着いたら君の疑問に答えたいと思う。」という返事だった。
 その後福島原発は兄の危惧した通りの結果をたどった。
 その兄からやっと私たちの住んでいる秋田県内陸部の地震についてメールが届いた。いずれ地震については角館で詳しく講演(勉強会)行うことになっているので詳細についてはその時に聞いてほしい。

仙北市議会の一般質問順がきまりました。

仙北市議会の一般質問順がきまりました。私たちの会派民政会議からは阿部則比古議員が質問いたします。
 ① 6月16日(木) 8番 仁政クラブ  佐藤直樹議員
 ②        21番 新星会    佐々木章議員
 ③        7番 民政会議   阿部則比古議員
 ④ 6月17日(金) 11番        荒木田俊一議員
 ⑤        2番        熊谷一夫議員       

原発震災を心配し、1997年に発表した石橋論文が今注目されている

現在神戸大学都市安全研究センターの石橋克彦氏が中部電力の浜岡原発を心配し、1997年発表した論文が今注目されている。この論文は本来は、静岡の浜岡原発を心配して書いた論文ですが、今おこっている福島の東京電力の原発のことを書いているのではないかというような錯覚さえおぼえる。
詳しくは、ヤフージャパン等で検索すると出てくるが、抜粋してのせてみたいと思う。
 「原発にとって大地震が恐ろしいのは、強烈な地震動による個別的な損傷もさることながら、平常時の事故と違って、無数の故障の可能性のいくつもが同時に多発することだろう。特に、ある事故とそのバックアップ機能の事故の同時発生、例えば外部電源が止まり、デイーゼル発電機が動かず、バッテリーも機能しないような事態がおこりかねない。したがって想定外の対処を迫られるが、運転員も大地震で身体的・精神的影響を受けているだろうから対処しきれなくて一挙に大事故に発展する恐れが強い。このことは最悪の地震でなくてもあてはまることである。
建築技術者が強調する原子炉建屋の耐震性の高さはあまり意味がない。一番の問題は、配管・弁・ポンプ類や原子炉そのもの、制御棒とECCSなどだろう。耐震設計のちがいによる原子炉建屋とタービン建屋の揺れ方の違いが配管に及ぼす影響、地盤の変形・破壊や津波(低くても)が運ぶ砂によって海水の取水・放水ができなくなるなどもむしできない。原子炉が自動停止するというが、制御棒を下から押し込むBWRでは大地震時に挿入できないかもしれず、もし、蒸気圧が上がって冷却水の気泡が潰れたりすれば、核暴走がおこる。そこは切り抜けても、冷却水が失われる多くの可能性があり(事故の実績は多い)、炉心漏融が生ずる恐れは強い。そうなると、さらに水蒸気爆発や水素爆発が起こって格納容器や原子炉建屋がはかいされる。20年前後経過して老朽化している1,2号機が一番心配だが4基すべてが同時に起こることもありうるし、どれか1基の大爆発がどれかほか原子炉の大事故を誘発することも考えられる。 
 その結果、膨大な放射能が外部に噴出される。さらに、爆発事故が使用済み燃料貯蔵プールに波及すれば、ジルコニウム火災などを通じて放出放射能が一層莫大になるという推測もある。
 瀬尾氏によると出力110万kwの浜岡3号炉が大事故を起こした場合、風下17km以内で90パーセント以上の人が急性死し、南西の風だと434万人が晩発性障害(がん)でしぬという。(中略)
 つまり、大地震によって通常震災と原発震災が複合す[原発震災」が発生し、しかも地震動を感じなかった遠方にまで何世紀にもわたって深刻な被害を及ぼすのである。膨大な人々が2度と自宅に戻れず、国土の片隅で癌と遺伝的障害におびえながらほそぼそと暮らすという未来図も決して大げさではない。(中略)
 正常な安全感覚があるならば、来世紀半ばまでに確実に発生する巨大地震の震源域の中心に位置する浜岡原発は廃炉を目指すべきであり、まして増設をゆるすべきではない。

 以上の石橋論文を見て感じることは、今起っている福島原発のことを書いているのではないかと思えるほど的確に調査研究し推測していることである。これが1997年に書いた論文であるとは到底思われない。今言えることは福島原発事故を歴史上の最後の例(教訓)として今すぐ浜岡原発を停止して他の原発は段階的に脱原発を図ることではないだろうか。
 こうして本日、石橋論文を紹介しているブログを書いている最中に菅直人首相の[浜岡原発を今すぐやめたい。」という勇気ある発言がとびこんできた。この勇気ある発言にに心から拍手をおくりたい。
  

 

東日本大震災の被災地岩手県の野田村にいってきました。

3月24日、東日本大震災の被災地の現状視察に門脇民夫議員とともに野田村を視察してきました。
 11時に出発し野田に到着するまで5時間かかりましたが、幸い仙北市社会福祉協議会の菅原さとしさんに運転同行をんお願いしたところ快く引き受けてくださり、交代で運転し無事いってきました。
 田野畑村が海岸近くなのに亡くなられた方が人14人とどうして少なくて済んだか。同じように野田村は、海岸近くで村全体が壊滅状態なのに亡くなられた方が他の市町村と比較し36 人(もちろんそれでも犠牲者が出たということはたいへんなことだが)と少なかったのはなぜなのかというような思いを持って視察に臨みました。
 さらにライフラインの復興状況、ガソリンや灯油が行き届いているのか、全国からの救援物資が村民に届いているか等も視察してこようと考え、また今緊急の問題点は何かなどについても視察してこようと思いました。
 この非常時に、ただ視察だけというのは、申し訳ないと思い、スポーツクラブの仲間や、フリーマーケットのお母さん達や私の友人達に呼びかけたところ、2日間という短期間にもかかわらず普通ワゴン車いっぱいの支援物資が集まりました。門脇議員の持って行った米やみそ、スポーツクラブの母さんたちのすぐ使える思いやりのある品々私の持って行った灯油、娘の友人のほうれん草30束、フリーマーケットの母さんたちの子供服、友人たちの食糧特にいぶりがっこなどは特に喜ばれました。
 一番の課題は、支援物資が仕分けのために全国いろいろなところで滞っていること、それを運ぶ流通に時間がかかり、野田村には昨日やっと支援物資が届きその仕分け作業に市の職員がてんてこ舞いの状況でした。
 私たちはこのような状況下で支援物資を直接被災した方々に届けたいと思い、災害本部長の村長さんの許可を得て直接避難所にお届けし、今何が困っているかについて直接お伺することができました。このことについては、仙北市の災害本部の方がたにお伝えしたいと思っています。
 宮古は、自衛隊や民間の業者等の協力を得て災害地だと思われないほど瓦礫等が取り除かれ復旧が進んでいましたが、海岸に近いほどまだその傷跡が生々しく残っていました。
 田野畑村は大部分高地に村があることと、津波に対する備えも前もってできていて津波の際に「ここ以上の高地に避難するように」という表示もできていました。
 一方、野田村においては、山の上の松が横倒しになっているところを見ると、20メートル近い津波がやってきたのではないかと思われるほどで村は壊滅状態でした。幸い市役所は高台にあり、災害本部はきちんと機能していました。ただ、電気は私たちが訪問する2日前についたということでその間はさぞかし大変だったろうと思いました。ただ、24日は近くの田野畑村が平常通りにコンビニも動いているので必要なものはそこで購入できるし、ガソリンも並ばなくても買えるように潤沢に入ってきておりました。(その日だけかもしれませんが)
 この野田村は、危機管理について昨年一般質問の際、山田陽子議員が質問しております。
 内容は、「チリ地震のような大地震がやってきたときの危機管理管理意識が村民に伝わっていない。防災訓練をやっても参加する人がすくない。もう少し津波に対する危機意識を持たせるべきでないか」というような質問をしております。それに対して村長は全く議員のおっしゃる通りで津波は1波よりも後で来る2波3波がおそろしい。
防災訓練の住民の意識がまだ低く参加者10数パーセントにとどまっている。今後は、住民の啓蒙活動を実施して津波に対する意識を高めていく」と答えていました。(参考野田村議会広報)
 私は、ここら辺に避難者がいち早く避難 し、被害の割に犠牲者が少なかったた鍵があるのではないかと思いました。改めて一般質問の際の山田議員の先見性とそれに同氏の一般質問に忠実に答え実施した村長に敬意を表したいと思います。一般質問の大切さを学んだような気がいたしました。
 
 
  

 
 
 
  

日本の未曾有、想定外の大地震

今東北は、先日の未だかってなかった大地震で大変です。亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げたいと思います。
 幸い避難して助かった方も毎に毎日悪環境の中で頑張っている姿を見るにつけすぐ飛んで行って何かボランテアとして手伝うことがないかと思っているほどですがこれも逆に交通渋滞の邪魔になるということで残念ながら黙ってテレビを見て頑張れ、頑張れと心の中で祈っているだけの自分に少し腹立たしさを感じています。
 地震が起こると外国では、略奪がつきものだそうですがどうして日本人はあのような困難な中でも整然と助け合って略奪がないのかということでアメリカのCNNテレビで意見を募集したそうです。視聴者からは、「敬意と品格に基づく文化だから」[愛国的な誇り」との分析や[自立のチャンスを最大限にに活用する人々で、進んで助けたくなる」とのエールも寄せられた。こんな声を聞くと日本人として誇りに思います。被災地のみなさん苦しいでしょうけれども頑張ってください。私たちもみなさんがこの仙北市へ一時避難や移住してくださるなら最大限の努力をしようと話し合っています。市長が雇用促進住宅が空いているので何とか超法規的な力で何とかならないだろうかとも話していて私たちも大賛成しました。
 日本人もまだまだすぐれた精神性と品格、助け合いの精神を持っているとおもいます。。この力があれば日本は地震にでも経済的にもきっと立ち直れると思います。被災者のみなさんがんばりましょう。私たち仙北市議会も微力ですがさしあたって20万円を見舞金として送ることを決定しました。


プロフィール

狐崎としろう

Author:狐崎としろう
仙北市市議会議員 狐崎としろうです。

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